Friday, March 25, 2016

0084 小林一三 時代の十歩先が見えた男 北康利 ★★★


過去の優れた経営者を思い返すと、そこには二つのタイプがあるように思われます。

一つはソニーの盛田昭夫さんやホンダの本田宗一郎さんのような「モノづくり」に秀でた才能を発揮した経営者で、ここではこれを「エンジニア型経営者」と整理してみましょう。

一方で、特にモノを作ったわけではないのだけれど、やはり大きな事業を育てあげた経営者も思い浮かびますね。こういった経営者は、先ほどの「モノづくりに秀でた才能を発揮した経営者」に対比すれば、いわば「仕組みづくりに秀でた才能を発揮した経営者」と言えるわけで、これを「プロデューサー型経営者」として整理すれば、その筆頭に挙げられるのが小林一三であろうと思われます。

本書の紹介文を見ると「宝塚歌劇団を作りあげた男」と紹介されていますが、小林一三の業績はそんなものではありません。乾いた紹介の仕方をすれば、阪急電鉄の事実上の創業者、というコトになるわけですが、小林一三の本当の凄さは、鉄道というサービスのもたらす外部経済性に着目して、一種の事業エコシステムを作りあげた点にあります。

線路を引いて鉄道を走らせ、乗った人から距離に応じた運賃を取る。これが鉄道事業の基本です。したがって鉄道事業の収益は旅客数X運賃の積になるわけですが、小林一三は旅客数を増やすために様々な付帯サービスをパッケージ化したんですね。

例えば旅客需要を増やすためには郊外にベッドタウンを作り、そのベッドタウンと都市部を結べばいい。ところがベッドタウンを作っても家を買える人はそう多くないので、当時は着物の販売にしか用いられていなかった月賦販売に目をつけ、金融機関と提携して「住宅ローン」という仕組みを作って郊外の宅地を大量に売りさばく。

あるいはターミナル駅に劇場=宝塚歌劇場や映画館=東宝、百貨店=阪急デパートを設置して、通勤需要が取り込めない週末に人を動かすことで金を取り、動いた先でも金を落とす仕組みを作り上げる。

果ては、通勤需要が低迷する夏休み時期に、逆に全国から人を取り込むためのスポーツイベントとして阪急沿線の豊中にあった原っぱを活用することを思いつき、全国高校野球大会という集金システムを構想する等々。

小林一三がやったことを経済学的な用語で言えば、とにかく、鉄道輸送が作り出す外部経済性を徹底的に取り込むビジネスモデルを生み出したということになります。面白いのは、ここで小林一三がやっているのは徹底的にプロデュースでしかない、ということです。ここが冒頭にあげた「エンジニア型経営者」と異なるところです。

日本のモノづくりの力の衰退が叫ばれて久しいですが、未だに多くのメーカーは「良いものを安く」という発想から抜けきれず、エンジニアリング重視の競争力構築に邁進しているように見えます。一方で、小林一三のようなプロデューサー型の経営者はなかなか育ってこないし、そもそもそういう人材を評価して育てようとする気風も薄いように思います。モノを作る力で勝てなければ仕組みで勝つしかないわけで、これからの日本にこそ、小林一三のようなプロデューサーシップを持った経営者が望まれると思うんですけどね。

本書を読んでもう一つ感じるのが、リーダーシップの文脈依存性という問題です。先ほどもちらっと書きましたが、慶應義塾を卒業した小林一三が最初に入った会社は三井銀行でした。僕は見ていませんが、テレビドラマにもなったようなので、このあたりの顛末はご存知の方も多いかもしれませんが、三井銀行時代の小林一三は全くのダメ社員で左遷に次ぐ左遷に終始するんですよね。イノベーターというのは評価されないことが多いわけですが、日本の経済市場でも抜きん出たプロデューサーシップを発揮した経営者が、三十代まではうだつのあがらないサラリーマンに終始したという事実は、キャリアの面白さ、リーダーシップの文脈依存性について、深く考えさせられます。本人も「耐え難い憂鬱の時代」と述懐しているくらいだから、よっぽと水が合わなかったというか・・・まあ周囲の人材と器が違いすぎた、ということなんでしょう。

中途半端に優秀な人たちの集団に入ると、本当に優秀な人はむしろ沈んでしまうことが多い。思い出したんですけど白洲正子は骨董の選択について、贋作を掴むことを恐れていたら本当に優れた品は手に入らないと言ってますね。彼女は「真中の真は、往々にして贋物に見える。だからこそ贋物を掴むことを恐れていたら真中の真は手に入らない」と言っていますが、これは人材抜擢においてもイノベーションの実現においても言えるんじゃないかと思いますね。誰がどう見てもエリートで優秀という人ほど、意外と「そこそこ」でしかないということです。

読んでいて苦笑いするようなエピソードも多くて、僭越な言い方をすれば「愛すべき人物
だったんだろうなと思わせられます。ちなみに「ほめくりカレンダー」が大ヒットしている松岡修造さんは、小林一三の曾孫にあたる方です。誠に血は争えないというべきでしょうか。




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