Tuesday, March 8, 2016

0080 美学対実利 西田宗千佳 ★★★


本書は、80年代後半から90年代前半にかけて業界を支配していた任天堂=ファミコン帝国に対して戦いを挑んだ久夛良木氏とそのチームの戦いぶりを記録したドキュメントです。

プレイステーションの累計出荷台数が一億台を超えた今となっては、ソニーの近年のヒット作といえば真っ先にプレイステーションが思い浮かびますが、考えてみれば当時のソニーは全くゲームとは縁のない会社だったわけで、そのような会社が、長いこと巨人に牛耳られていた市場に殴り込みをかけたわけです。

で、本書を読むと、いかに久夛良木氏が戦略的に「絶対に勝てる」という確信を持って参入したかがよくわかります。本書には久夛良木さん自身の声も久夛良木チームの合宿の時のやり取りもたくさん紹介されているのですが、それらを読んでみると本当に戦略コンサルティングファームで行われているようなトップダウンの議論そのものなんですよね。

プレイステーションを開発するにあたって、久夛良木さんは「計算で世界を生成する」というビジョンを打ち出します。ゲームの中で描かれる世界観を全て演算で描き出そうということです。例えばレースゲームにおける自動車の動きや格闘ゲームにおける人体の動き、それらの背景で風にそよぐ木の枝や波立つ池、そういったものを全て演算に基づくCGで表現するということをブチ上げたわけです。

僕は素人なんで、それがどんなに難しいことなのかについての皮膚感覚がないんですが、このビジョンを言い出した時のメンバーのシラケた反応を読むと、それがいかに技術的・コスト的に難しいことだったのかがよくわかります。一様に「いくらなんでもそれは無理ですよ」というのがメンバーの反応なんですよね。それに対して久夛良木氏は「ではどうして無理なのか、具体的な理由を挙げてもらえますか?」とやりかえして、そこから全てが始まっていくわけです。

例えば面白いのがコストの問題です。プレイステーションに搭載されているCG描画エンジンは、開発当時、一枚につき数百万〜一千万円もしたので、これを数万円のゲーム機に搭載したいと言い出しした久夛良木さんのことをメンバーが「狂ってる」と思ったのも無理はありません。でも久夛良木さんは涼しい顔で「簡単なことです。数を出せばいいんですよ」と。

開発に百億円かかったチップを千個のオーダーで売れば、単価は一千万円単位になります。しかしこれを百万台売るとしたらどうか?チップの価格は一万円まで下がる。十分に家庭用ゲーム機への搭載を検討できるレベルです。まあこの計算は変動費を含めていないのですが、千個と百万個では経済性が全く異なる世界になることはわかるでしょう。

「いくぜ!百万台」。これが初代プレイステーション発売時の広告コピーでした。大量のGRPを投下したので覚えている人も多いでしょう。これ、考えてみればコピーになっていないですよねえ。だって顧客にとって意味のあるメッセージになっていないですから。マーケティング論のおさらいになりますけど、メーカーが顧客に届けられるメッセージのタイプは
  1. 属性 
  2. 機能
  3. 便益
  4. 情緒
の四つしかありません。例えばゲーム機の場合であれば
  1. 属性=5テラフロップスのCPUを搭載
  2. 機能=ハリウッド映画並みのCG生成が可能
  3. 便益=実写と見紛う大迫力の映像
  4. 情緒=クールな外観やソニーというブランドのイメージ
ということになるわけですが、「いくぜ百万台!」は上記のどれにも当てはまりません。では、一体このメッセージはなんだったのか?結局のところ、百万台売らなければ利益が出ないから頑張るぞ!というインナー向けの覚悟宣言だったんですね。チップを百万台購入することに契約した当時のCFO=最高財務責任者のコメントも載っているのですが、サインの際は「手が震えた」そうです。

ゲームを題材にした競争戦略のケースは本当に面白い。なぜ面白いかというと外部性が働くからです。ゲームの場合、たくさんの人が使えば使うほどソフトの数も多くなるし、友達と交換できるソフトも増えるので、一度ユーザーをつかんだゲーム機の市場をひっくり返すのはとても難しいんですよね。でもプレイステーションはそれを鮮やかにやってのけた。つくづく、明快な勝ち筋のある戦略コンセプトと、そのコンセプトからブラさない製造とマーケティングというのが大事なんだな、ということを感じさせられるケースです。


ちなみに外部性と競争戦略という観点では、山田英夫先生の『逆転の競争戦略』も面白いですよ。外部性が働く商材、ファックスとかワープロとかゲームを取り上げて、一度支配的になったプレイヤーがひっくり返された事例を集めて分析している本です。おすすめ。

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