Friday, March 4, 2016

0072 約束された場所へ 村上春樹 ★★


本書は、作家の村上春樹さんが、オウム真理教の信者、あるいは元信者に対しておこなったインタビューを集めたものです。本書が出版されたのが1998年で、地下鉄サリン事件が起きたのが1995年ですから、このインタビューは「事件を引き起こしたのがオウム真理教である」という事実認識のもとに行われています。このタイミングがミソですよね、なんといってもあれだけの事件を起こした組織のメンバー(あるいは元メンバー)だという自負を全員が持っている状況で行われているのですから。

村上春樹さんという個人の考えや価値観は、この本の中にほとんど立ち現れてきません。というよりもむしろ、消え去ることに最大限の努力を払っているようにさえ見えます。インタビュアーはもちろん村上さん本人がやっているわけですから、おそらく意図的なんだと思いますが、ごくごく淡々と質問しているだけです。これはある意味ですごいことだと思うんですよね。先述した通り、このインタビューは地下鉄サリン事件の真犯人がオウム真理教であるという事実認識のもとに行われているわけですから、村上さんは、当のインタビューの相手がその殺人教団の信者であることをわかってやっているわけで、なかには教団を擁護して社会やマスコミを非難するインタビュイーもいるのですが、そういう意見に対しても反論するわけでも賛成するわけでもなく、本当に淡々と受け止めて質問を進めています。

相手の態度はいろいろです。事件を受けてどうして良いかわからずに混乱している人、それでもなおオウム真理教への帰依を続けたいという人、完全に教祖を見限って過去の自分まで含めて否定しようとする人等々。

本書を読むことの意味あいは何かと考えてみれば、なかなか直接には接することのないこういった人たちから、いったいどのような考えでオウム真理教に入信し、場合によっては出家までし、そして事件の報に接して自分の考えを整理しているのか、についてじっくりと話を聴くことができるという、その一点に尽きると思います。これはつまり多様性を知るということです。

養老孟司先生は、教養とは何かと問われて、それは共感する力じゃないでしょうか、と答えています。この世界には自分と同じような人たちばかりがいるわけではない。この単純な事実を知らないとたちどころに周囲に乗り越え難い「バカの壁」が生まれることになります。オウム真理教の犯した罪は裁かれるべきですが、オウム真理教に帰依した人たち全員が全否定されるべきだと考える理由はありません。彼らには、彼らなりの考えがあってそうしたのであって、それをうかがい知ることができる本書は、ある意味では貴重なドキュメントだと言えるのではないでしょうか。

巻末には村上春樹さんと心理学者の河合隼雄先生の対談も掲載されています。この対談もまたとても面白いですよ。



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