Friday, March 4, 2016

0062 羆嵐 吉村昭 ★★★


本書は、大正4年に北海道三毛別の開拓村で実際に起きた羆による襲撃事件を描いた小説です。一週間の間に七名が犠牲となるという、世界的にも類を見ない凄惨な事故で、最終的には軍隊まで出動する騒ぎとなります。これは本書だけでなく、吉村昭の小説全般に言えることですけれども、筆致は淡々としているのに、描かれている状況はモノスゴイという、そのギャップがとんでもなく大きい小説です。村の警護隊が、襲われたと思しき小屋に近づいていくと、中からガリガリボキボキと音がする・・・そこでみんな気がつくわけです、羆が人を齧っていると。こう言う描写がレイモンド・チャンドラーもかくやというハードボイルド風な乾いた筆致で描かれていきます。

本書を読んで考えさせられるのが「個人と組織」という問題です。先述した通り、この事故では報告を受けた当局が最終的に陸軍を派遣するんですけど、この軍隊がからっきし役に立たないんですよね。最初は威勢が良かったものの、実際に羆が軍隊に向かって突進してくると、みんな逃げちゃうんです。気持ちはわかりますよね・・・この羆は身長が3メートル近くあったそうで、そんなものが時速五十キロで突進してくるのをみれば誰だって身がすくむでしょう。

結局、この羆を仕留めるのは、その粗暴な振る舞いと酒癖の悪さで村民から忌み嫌われていた一人のマタギなんです。村長から直々に熊の退治を依頼されたマタギは、ゴルゴ13かと思わせるような高い代償を要求し、村はそれを受け入れ、契約は成立します。そこからのこのマタギが発揮するプロフェッショナルぶりは本書のクライマックスといえるでしょう。最後の最後、匂いに気付かれぬようにと風下から慎重に熊にアプローチしたマタギが、すっくと立ち上がって目前の羆の心臓に狙いを定めるシーンなんか、読んでいて時が止まっていくような透明感があります。

規律と近代武装を身につけた軍隊が結局は役に立たず、古式なライフルをもった嫌われ者のアウトローが村を救うわけです。最後の最後は「ミッションを自分ごと化している人、俺がヤると思っている人」と、そう思っていない人とでは、決定的な違いが出るんだな、ということを考えさせられました。

あるいはかつてこのような過酷な地で国土開発に人生を捧げた人たちがいたんだなという再認識も含めて、折に触れて何度も読み返したいような滋味のある小説だと思います。

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