Saturday, March 5, 2016

0049 新幹線を作った男 島秀雄物語 高橋団吉 ★★★


題名にも出ている島秀雄氏は、国鉄の技師長として新幹線計画の起案から実現まで、中心的な役割を果たした人物です。この本は、その島秀雄氏の人生を縦糸に、蒸気から電気へと進化していく鉄道の歴史を横糸に描かれた、新幹線誕生の絵巻物です。

考えてみれば、これほどまでに巨大なプロジェクトというのは、日本の歴史上でも類を見ないのではないでしょうか?東京=大阪間に敷かれた専用線路を時速二百キロで走る鉄道サービスを事業化するというのは、その計画を前にして立つ人を途方に暮れさせるような巨大さがあります。いったい何から手をつけようか・・・と思いますよね。

本書は、その巨大なプロジェクトがどのようにして立ち上がって、いろいろな困難を乗り越えながら成就していくか、をとても丁寧に書き起こしています。筆致は淡々としていて、プロジェクトXのような押し付けがましさや暑苦しさはありません。なんというか、一陣の風が吹き抜けるような、そういう爽やかな読後感を残すドキュメントになっています。

多くのビジネスパーソンにとって、新幹線プロジェクトの経緯を知ることは、トリビアに過ぎないと思われるかも知れません。でも僕は、本書の中には、今の閉塞した日本の状況を打破するためのヒントが、満載されていると思うんですよね。一般に、日本人はあまりイノベーションに向いていないと考えられています。ここ二十年くらい、世界を席巻するような商品やサービスが生まれていないこともあって、まあ仕方ないかという気もするのですが、この本を読むと、決してそんなことはないと改めて思わされるんですよね。

東海道新幹線が開業したのは1964年のことです。同様のコンセプトでこれに続いたフランスのTGVが開業したのは1981年ですから、新幹線に遅れること17年後のことで、他の欧米諸国はそこからさらに数年〜十数年遅れて続くことになります。つまり欧米先進国でも追随するのに二十年近くの時間を要するようなイノベーションをやってのけたわけです。東海道新幹線の事業化にあたって、日本が蓄えたノウハウがどのくらい先進的なものであったか。本書を読むと、NASAの技術者が、東海道新幹線の開発で採用されたシステム計画手法をアポロ計画設計のためにベンチマークした、というエピソードが紹介されています。つくづく、本当にスゴイことをやったんだな、と感服させられます。

通読して思うのは、このように巨大なイノベーションの実現にあたっては、技術的側面の問題解決以上に、人と組織の問題が大きいということです。もう本当に、ロールプレイングゲームのように、次から次へと敵が現れては計画を頓挫させようとする。たとえば、作家の阿川弘之は、エジプトのピラミッド、万里の長城、戦艦大和という世界三バカに続く、四つ目のバカが東海道新幹線だと新聞に発表し、東海道新幹線建設反対の世論を巻き起こしました。ちなみに他の二つはともかくとして、エジプトのピラミッドには治水の側面から合理的な理由があったわけで(※1参照)、それを知識のなさから「バカ」と短兵急に断じていること自体が「真正バカ」の証拠なんですけど、それはともかくとして、とにかくそういう「空気」が巻き起こったということです。

僕は常々、イノベーションの効用を見出せるのはごく少数のビジョナリーだけであって、ほとんどの人はイノベーションの可能性を見出すことはできない、と言っていますが、東海道新幹線が我が国にもたらすインパクトを、正確に見抜いていたのは島秀雄を中心にした、ごく少数の人でしかなかったんです。この本を読むと、イノベーションを起こすにあたってどのような組織的な難しさがあるかということを痛感させられます。

その難しさは、国会と渡り合って建設資金の目処をつけたプロジェクト最大のスポンサーであった当時の国鉄総裁の十河信二氏が、結果的には東海道新幹線の開業を待たずに失脚させられていることからも感じられます。イノベーションは綺麗事では起こせない、死人が出ることを覚悟できないとやっぱり難しい、ということが本書を読むとよくわかります。

読んで血湧き肉躍るような面白さがあり、工学的な解説もあって知的好奇心は満腹に満たされ、イノベーションを実現するにあたって組織・人の難しさについても数々の洞察が得られる。こんな「一粒で何度でも美味しい」本はめったにあるもんじゃありません。

※1:エジプトのピラミッドは全てナイル川の西側にあることをご存じでしたか?その理由についてはこちらをどうぞ。
http://www2.otani.ac.jp/~tmatsu/2002bunka/0012153/daisansyou.html



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