Tuesday, March 1, 2016

0048 寝ながら学べる構造主義 内田樹 ★★



本書は、内田樹さんによる構造主義哲学の入門書です。

構造主義というのは、1960年代以降、フランスを中心に興隆した現代思想のひとつの「流派」のようなものです。僕が構造主義という言葉に初めて接したのは中学生のときですけど、はじめてこの言葉に接したときは、なんと頭の良さそうな感じのする用語なんだろう、と思ってクラクラしたことを覚えています。

ちなみに、その当時は構造主義という言葉を全く理解していなくって、語尾に主義とつくことから、なんらかのイデオロギー、つまり資本主義とか共産主義といった概念と横に並ぶような新しいイデオロギーなんだと誤解をしていたのですが、決してそうではなく、ひとつの「思考の態度」だと思ってもらっていいと思います。

じゃあ、どういう「思考の態度」なのよということなんですが、平たく言えば、すべてのモノゴトの背景には構造がある、という考え方です。どんなにアホっぽいことであっても「アホだから」では済まさない・・・一見すると「アホ」そのものでも、その背後にはなんらかの理由=構造があるはずだという考え方です。

構造主義がすごいのは、この思考態度をすべてのモノゴトに当てはめて考えようとしたことです。すべてのモノゴトですから、対象は何でもありです。言語、風俗、精神・・・その他もろもろについて、裏側に動いているメカニズムを把握することで、現象の本質を理解し、場合によってはそれを制御しようという、そういう考え方です。

ということで、構造主義哲学の潮流は、哲学者からスタートするわけではなく、意外やそれは他分野の業績をきっかけにスタートすることになります。詳しくは本書を読んでもらいたいと思いますが、そのきっかけを作ったのはフロイト、マルクス、ニーチェの三人だ、というのが本書の主張です。それぞれ「心」「社会」「道徳」のありようについて、背後に働いているメカニズムを抽出し、それを完璧に理解しようとしたことで、構造主義の苗床を作った、というのが本書の主張です。僕の知識では、それを正しいか間違っているか、批判的に判断するリテラシーはありません。ただ、読んでいて「なるほどな、これは腹落ち感があるな」と思いました。本書の最大の利点は、この「腹落ち感」にあると思います。世間の世知辛さに身をやつしている普通の大人の皮膚感覚に、スッと切り込んでくる感覚が、とても心地がいいんですよね。

構造主義は、なんというか・・・知的にかぐわしい香りがすることもあって、たくさんの入門書が書かれていますが、僕が知る限り、通勤電車のなかでよんで「ああ、そういういことね」と理解できる間口の広さがあって、さらにその広い間口が、構造主義を深く理解するための深い坑道の正門にちゃんとなっているという、そういう条件を満たした唯一の本が本書ではないかと思います。

で、この本がなぜビジネスパーソンにとっての武器になるかというと、現象の裏にある構造を人よりも早く読み解く、というのは、近代思想の担い手のみならず、ビジネスパーソンにとってこそ重要な考え方だと思うからです。特に本書に紹介されているレヴィ・ストロースとフェルディナンド・ソシュールの項目は、表面的な競争の背後に動いているメカニズムを把握しようとするビジネスパーソンにとってとても有用なケースになっていると思います。

考えてみれば、そういう文脈で語れることがないので誰も気づいていませんが、例えばポーターの『競争優位の戦略』もクリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も、構造主義の思考アプローチそのものですよね。というか、経営学が遅れているというべきなのかも知れません。哲学はギリシア以来、二千年以上にわたって思考を蓄積してきた学問ですが、経営学の歴史はせいぜい五十年程度でしかありません。知的洗練度で後者が劣るのは当たり前のことであって、であれば前者の最先端の思考を経営の世界に転用して考えてみようというのは当然に出てくる健康な考え方でしょう。

ずいぶん前のことですが、養老孟司さんとお話しした際に「教養って、共感する力なんですよ」と言われて、はっと思ったことがあります。人は世界を自分の見たように見て、考えたように理解します。この理解の仕方が人と異なるとき、それを認めないということになると、とりあえずビルに航空機を突っ込ませてみよう、ということになる。構造主義というのは、用語自体がいかめつらしいこともあって、なんとなくソリッドで世間から遊離した感じがありますが、実際にはこれほど世間的な教養、つまり「いろんな考え方があるんだから、みんなよく人の話を聞いて、裏側の事情を理解してから考えようよ」という「大人な態度」を奨励する哲学もないんじゃないかと思うんです。

モノゴトの本質について考えるのは嫌いじゃない、という人であれば、本書はとても面白いと思いますよ。




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