Tuesday, March 1, 2016

0044 零戦の秘術 加藤寛一郎 ★★



著者である加藤寛一郎氏は東大の航空学科の先生です。生来の飛行機好きもあってか、僕の周りにはなぜか同学科の出身者が多く、聞いてみれば加藤先生の授業は東大航空学科の名物であったようです。本書は、その加藤寛一郎氏による、伝説の零戦エースパイロット坂井三郎氏へのインタビューを主軸にして書かれています。

加藤先生の専門は航空機の最適制御です。最適制御とは、簡単に言えば最も効率良く飛行機を動かすにはどのように動かせばいいのか、ということを研究する学問です。加藤先生は「誰よりも小さく、速く零戦を旋回させることができた」と言われる坂井三郎の操縦技術に、最適制御のヒントがあるのではないかと考えて、このインタビューを申し込んだようです。

そうしてできあがった本書は、もちろん徹頭徹尾、航空機とその操縦に関する内容で埋められているのですが、結果として「道」に関する本になっていると、僕は思います。ここでいう「道」とは「剣道」とか「弓道」とか「茶道」とかで使われている意味での「道」です。

最小旋回の技術を根掘り葉掘り引く著者に対して、坂井三郎は帝国海軍の歴代エースに受け継がれてきた伝説の決め技「左捻り込み」を説明します。敵機に後ろにつかれても、この技を使うと、必ず形勢を逆転してこちらが敵機の後ろにつけるという、そういう技であったようです。その操作方法についてはここでは触れません。ほとんどの人にとって意味がないでしょうから。

僕が、あああ、ここには何か真実があるな、と思ったのは本書の最終部です。数回にわたって行われた坂井三郎氏へのインタビューの最終回、加藤先生は「今日は一つの質問しかしない」と決めて臨みます。そして、その質問の答えもまた予想し、それが外れていたらこのインタビューを本にすることはしない、と心に決めます。だから読者は、その質問の答えが予想通りだったということを知っています。加藤先生が坂井三郎にした最後の質問とはこうでした。

決め技の左捻り込みを使って、何機撃墜しましたか?

記録によると、坂井三郎は七十数機を撃墜しています。加藤先生は、そのうち何機を、左捻り込みを使って落としたか?と聞いたわけです。そして坂井三郎の答えは、

正直に言えば、私は左捻り込みを使って敵機を落としたことは、一度もありません。

というものでした。その答えに安心する著者から、最後に空戦の奥義を聞かれた坂井三郎は、このように答えています。

空戦は、据え物斬りと心得よ。スーと寄って、パッと切る。

左捻り込みは、左斜めの宙返りをしながら、宙返りの頂点付近で機を微妙に操作し、くるりと小さく回って敵の背後に着く、という華麗な決め技です。その技を身につけた伝説のエースが、空戦の奥義を聞かれて、一聴すれば当たり前にも聞こえることを言うわけです。ここには何か、道を極めるということを考えるにあたって、大きなヒントがあると思うのですよね。

本書ではここから先、航空機の話題にはほとんど触れずに、勝海舟の剣術などに話が飛んでいきます。一体どんな本なんだよと思われるかも知れませんが、一つの道を極めた人が、極める過程で考えたこと、極めた結果考えたことを、つぶさに知ることができるというのは貴重な機会ではないかと思うのです。












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