Tuesday, March 1, 2016

0042 社会心理学講義 小坂井敏晶 ★★★



社会心理学講義という硬い題名がついていますが、内容は教科書とは真反対の、散文集のような本になっています。ですから、本書に、教科書的な「回答」を求めると肩透かしを食らうことになります。なんというか、例えばモンテーニュのエセーとかパスカルのパンセのような、こう言っては失礼かもしれませんが著者の発散しまくる考察をそのまま本にしたような雑想記のような内容になっています。

僕自身としては、人間や社会の本質について関心を寄せる人であれば、ぜひとも読んで欲しいと思っています。個人的にはここ五年のあいだに読んだ本の中で、いろいろな認識について「揺さぶられた」本の一冊だと思います。ほとんど毎ページごとに大量のアンダーラインが引かれ、ポストイットはラブホテルの入り口のようになっています。


中心になっているのはフェスティンガーが提唱した認知不協和理論についての考察なのですが、他にも様々なテーマについての考察がジェットコースターのように次々と展開されます。目次を見てみるとわかり易い。

第01講 科学の考え方
第02講 人格論の誤謬
第03講 主体再考
第04講 心理現象の社会性
第05講 心理学のジレンマ
第06講 認知不協和理論の人間像
第07講 認知不協和理論の射程
第08講 自由と支配
第09講 影響理論の歴史
第10講 少数派の力
第11講 変化の認識論
第12講 同一性と変化の矛盾
第13講 日本の西洋化
第14講 時間と社会

といった具合で、一応シラバスのような形態になっていますが、構造的であるというよりも、文脈依存的というか、一つ一つの講義の連続を読んでいるうちにグラデーションでテーマがどんどん変化していくという、そういう本です。全然わかんないですね、この説明じゃ。

社会心理学という題名の硬さから、ビジネスパーソンの人は「自分には関係ないや」と思ってしまうかも知れません。しかし、それはとてももったいないと思うんですよね。というのも、心理学・・・なかんずく社会心理学は、ビジネスに直結する示唆や洞察がテンコ盛りだからです。例えば先述したレオン・フェスティンガーによる認知不協和の研究はもともと、朝鮮戦争の際に中国軍に捕えられた米国人の捕虜が、いとも簡単に共産主義に洗脳されてしまうのは何故なのか?という問題意識からスタートしています。

認知不協和というのは「行動」と「思考」の辻褄が合わない時に発生します。「少ない報酬のために共産主義を支持する論文を書いた」という「行動」と「資本主義を信頼し、共産主義を憎む」という「思考」は辻褄が合いません。辻褄が合わない状態はストレスなので、人間は「行動」か「思考」か、どちらかを変えることで辻褄を合わせようとします。中国軍は、多くの米国人捕虜にこの認知不協和を発生させることで「思考」の転換、すなわち「自分はもしかして共産主義を支持している?」と考えさせることで、ベルトコンベアのように洗脳していったわけです。

で、ここまで読まれた方はもうお気づきだと思いますが、これはマーケティングの局面で顧客の熱狂的なロイヤルティを獲得する、あるいは組織づくりの局面で従業員に熱狂的な愛社精神を持たせるという「洗脳」でも十分に活用が可能・・・というか実際にすでに活用されているコンセプトなわけです。もちろん、こういった人間の「心理の特性」をビジネスにおいてどのような目的に活用するかは、個人個人の見識や価値観によります。僕自身は、心理学の知見を用いて顧客や従業員を洗脳するような行為は「美しくない」と思いますが、だからといってこのような知見を知らなくていい、と考えるわけではありません。強力な知識や学問には明暗の側面が必ずあります。知らなければ、暗部を活用しようとする人たちから自分の身を守れない恐れがある。心理学が人間の「こころ」を扱う学問である以上、その分野の良書がビジネスパーソンにとって示唆深いものであるのは当たり前のことだと思います。

最後に、この本の魅力を一言でまとめてみましょう。本書の最大の価値は、人間や社会について、これまで私たちが当たり前のこととしてわかっている、と思っていたことについて、もしかしたら全くわかっていないのかも知れない、と思わせるような強烈な認識の揺さぶりを与えてくれる、という点にあるように思います。この説明で興味を持った人であれば、きっと面白く読めると思いますし、この説明でピンと来なければ、おそらく本書はもっとピンと来ないと思います。前者の方は是非読んでみて欲しいと思います。


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