Tuesday, March 1, 2016

0026 イノベーションのジレンマ クレイトン・クリステンセン ★★★


ご存知、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』です。この本、経営学独学者のための書店であるライプニッツ!としては一応紹介しないわけにはいかないのですが、読後感が悪いというかなんというか、非常にフラストレーションがたまる本だと思っています。なぜかというと「大企業がイノベーションを起こせずに衰退する」という現象と背後のメカニズムを指摘しているだけで、肝心要の「では僕たちはどうすればいいのか」という問いに対して、ほとんど答えになっていないからです。

内容をかいつまんで説明すれば・・・ビジネスでは「顧客の要望へのフォーカス」が重要だと言われますが、そうすることによって却ってイノベーションが阻害される。なぜなら、顧客はあるサービスや商品に慣れるので、まったく新しいサービスや商品を好まない。だから、既存顧客を持たない新興プレイヤーが新しいやり方でサービスや商品をリリースしても既存顧客とがっちりくっついている既存プレイヤーは新しいやり方を採用できない、というのが本書のメッセージになります。

で、繰り返しになりますが、じゃあどうすればいいの?という問いに対しては、ものすごく陳腐な回答しか用意されていない。しかしそれでもなお、この本をお勧めする理由があります。

それは、本書においてクリステンセンが展開する論考の流れが知的生産の一種の理想的な成果物だと思うからです。クリステンセンが、もともと考えていたのは「大企業がなぜ往々にして、資金も人材も不足している新興企業にやられてしまうのか」というシンプルな疑問なんですけど、その理由を構造的に証明していくプロセス自体が、一種のエンターテインメントになっていると言ってもいいほどに見事なんですよね。

数学が好きな人は、例えば「素数が無限に存在することの証明」について、ユークリッド以外にもさまざまな証明方法があって、それを読むこと自体が一つの美的体験だということに共感してくれると思いますが、この本にはそういう「論理展開を追うこと自体が美的快楽になっている」という側面があります。ライプニッツ!で紹介している本で、こういう感覚を味わえるのは、例えば『銃・病原菌・鉄』くらいしかありません。

これは、この本以外についても言えることなんですけど、こと「イノベーションのジレンマ」という用語について理解したい、ということであれば、いくらでも簡易な解説本はありますし、ネット上の情報だけでも概要を理解することは可能でしょう。でも、原書を読むということはそういうことではないんですよね。著者が、最終的に結論に至った思考の過程を一緒になって追いつつ、タフに考える、粘り強く考える、情報と情報から示唆や洞察を生み出す、という流れを一緒になって体験するということそのものに意味があるわけで、本書はまさにその典型例だと思います。

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