Friday, December 29, 2017

ポラロイド伝説 クリストファー・ボナノス


スティーブ・ジョブズがポラロイド社の創業者、エドウィン・ランドに強く憧れていたというのはよく知られている話です。読んでみれば、なるほど二人はとてもよく似た存在だったのだろうな、ということがよくわかります。

片やコンピューターメーカーの創業者であり、片やカメラメーカーの創業者ですから、そこにはあまり共通点が無いように思われるかも知れませんが、業界を軸にイノベーションを考えるのはあまり意味がありません。

ではこの二人の共通点は何か?本書の文章をそのまま借りれば

二人とも、自分の発明が人間の交流の根本的な性質を変えると信じていた(p16)

ということになります。

また二人は、テクノロジーとリベラルアーツの融合を図ったという点でも、共通点があったと言えるかも知れません。ジョブズがしばしば、アップルという会社を「テクノロジーとリベラルアーツの交差点に位置する会社にしたい」と言っていたのはよく知られていますが、ではエドウィン・ランドはどうであったか?本書によれば


科学だけでなく、芸術、音楽、文学にも精通していた。彼は教養人で、歳を取るにつれていっそう教養を深めていった。そして、彼の好奇心はポラロイド社の精神にまで浸透していった。彼の会社が何より誇りにしていたのは、アーティストとの関係、公共テレビの後援、上質なグラフィック・デザインだった。彼は深みだけでなく幅もある人間が好きだった。たとえば、音楽を嗜む化学者とか、物理学に詳しい写真家だ。彼自身も一流の写真家だった。(P19-20)


作った会社がグラフィックデザイナーやアーティストと深い関係を持つようになった、という点では確かにアップルとポラロイドは似ているかも知れません。本書にもそのエピソードが紹介されていますが、写真家のアンドレ・ケルテスはポラロイド特有の「青」の発色にインスピレーションを受け、その名も「Polaroid」という写真集を出していますね。

この写真集は僕も大好きで、やっぱり「青」になんとも言えない風情があると思います。




ちなみにケルテスの「Poraloid」のリンクはこちらになります。まだ絶版になっていないみたいですね。写真集は印刷費が高いこともあってすぐに絶版になってしまうので、もし表紙にピンと来たらぜひ。


ということで、話をポラロイドに戻すと、本書を読むと、その他にも「言葉を大事にする」「大義を持つ」といった、本物のイノベーターに特有に見られる美意識をランドという人が持っていたのだということがわかって、とても面白いですよ。



イエルサレムのアイヒマン ハンナ・アーレント



ナチスドイツによるユダヤ人虐殺計画において、六百万人を「処理」するための効率的なシステムの構築と運営に主導的な役割を果たしたアドルフ・アイヒマンは、1960年、アルゼンチンで逃亡生活を送っていたところを非合法的にイスラエルの秘密警察によって拿捕され、イェルサレムで裁判を受け、処刑されます。このとき、連行されたアイヒマンの風貌を見て関係者は大きなショックを受けたらしい。それは彼があまりにも「普通の人」だったからです。

アイヒマンを連行したモサドのスパイは、アイヒマンについて「ナチス親衛隊の中佐でユダヤ人虐殺計画を指揮したトップ」というプロファイルから「冷徹で屈強なゲルマンの戦士」を想像していたらしいのですが、実際の彼は本書の表紙に見られる様な、小柄で気の弱そうな、ごく普通の人物だったのです。しかし裁判は、この「気の弱そうな人物」が犯した罪の数々を明らかにしていきます。

本書は、この裁判を傍聴していた哲学者のハンナ・アーレントが、裁判のやり取りを記録しながら、自分なりの考察をまとめたものです。この本、主題はそのまんま「イェルサレムのアイヒマン」となっていてわかりやすいのですが、問題はその副題です。アーレントは、この本の副題に「悪の陳腐さについての報告」とつけているんですよね。

「悪の陳腐さ」。。。。。

奇妙な言い回しですよね。通常、「悪」というのは「善」に対置される概念で、両者はともに正規分布でいう最大値と最小値に該当する「端っこ」に位置づけられます。しかし、アーレントはここで「陳腐」という言葉を用いています。「陳腐」というのは、つまり「ありふれていてつまらない」ということですから、正規分布の概念をあてはめればこれは最頻値ということになり、我々が一般的に考える「悪」の位置づけとは大きく異なります。

アーレントがここで意図しているのは、われわれが「悪」についてもつ「普通ではない、なにか特別なもの」という認識に対する揺さぶりです。アーレントは、アイヒマンが、ユダヤ民族に対する憎悪や欧州大陸に対する攻撃心といったものではなく、ただ純粋にナチス党で出世するために、与えられた任務を一生懸命にこなそうとして、この恐るべき犯罪を犯すに至った経緯を傍聴し、最終的にこのようにまとめています。曰く、

「悪とは、システムを無批判に受け入れることである」と。

そしてアーレントは、「陳腐」という言葉を用いて、この「システムを無批判に受け入れるという悪」は、我々の誰もが犯すことになってもおかしくないのだ、という警鐘を鳴らしています。別の言い方をすれば、通常、「悪」というのはそれを意図する主体によって能動的になされるものだと考えられていますが、アーレントはむしろ、それを意図すること無く受動的になされることにこそ「悪」の本質があるのかも知れない、と指摘しているわけです。

率直に言って、むちゃくちゃ読みにくい本です。これはハンナ・アーレントの著作全般に言えることですが、観察事実と感想と考察がまだら模様のようになっている上に、論理展開が右顧左眄するようなところがあって、何を言おうとしているのかよくわからない箇所がかなりあります。だから、エッセンスだけを汲み取りたいという人であれば、まずはエピローグから読んでみるといいと思います。本書を通じてアーレントが全世界に訴えたいことは、すべてここに書かれていると思います。

イノベーションの神話 Scott Berkun


本書は、イノベーションにまつわる様々な「ありがちな誤解」について説明している本です。著者はマイクロソフトで長らくエンジニアを務めた後でフリーになった著述家です。

例えばその誤解とは

  • イノベーションのアイデアはヒラメキによって生まれる
  • ヒラメキは一人のアイデアマンによって生み出される
  • 人は新しいアイデアを好む
  • 優れたイノベーションが受け入れられる
  • 上司は優れたアイデアを評価する


といったものです。おそらく今これを読んでいる多くの人も、イノベーションに関するこれらの認識を、はっきり「誤解だ」と言われると、違和感を覚えるのではないでしょうか。はい、僕自身も実はそうだったのですが、本書を読んでみると著者の指摘に納得せざるを得ないんですよね。この本を読んで、僕自身もイノベーションという営みについて、なにか根本的な勘違いをしていたんだということがよくわかりました。

今日、多くの企業においてイノベーションは最重要な経営課題と位置付けられていますが、イノベーションの発生や形成について、本書が指摘するような誤解に囚われたままであれば、イノベーションは覚束ないでしょう。そもそも達成しようとしているゴールの認識が間違ってるってことになりますからね。

本書は、イノベーションについて何らかの具体的な方法論を提示しているわけではありません。そもそも「イノベーションの具体的な進め方がある」という考え方自体を「誤解である」と指摘しているくらいです。そうではなく、そもそもイノベーションとは何なのか?過去のイノベーションはどのようにして起こったのか?という論点について考察しています。そしてこの考察から、一般に言われているイノベーションに関する命題の多くが誤解であること、本当にやらなければいけないのは組織や人のありようについて目を向けることだ、という示唆が得られます。

ここまで読んで気づかれた方もいらっしゃるかもしれませんが、僕が2013年に著した『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』は、この本にインスパイアされて書いた本なんです。イノベーションに関心を持っている人であれば、ぜひ手にとってほしいと思います。

The melody at night with you キース・ジャレット 


適した季節:春・夏・秋・冬
適した時間:昼・夜
適した天気:晴・曇・雨

仕事をしながら流す音楽の選択ってなかなか難しいですよね。古典派以降のクラシックの音楽のほとんどは感情的な起伏が激しすぎて、むしろ仕事の邪魔になってしまうし、それは多くのPOPミュージックにしても同様でしょう。そう考えてみると、適度にリラックスさせてくれながら仕事の邪魔はしない、仕事にそっと寄り添ってくれるような音楽って、実は貴重なのかもしれません。

キース・ジャレットによるこのアルバムは、その貴重な音楽の筆頭に挙げられるものではないかと思います。題名が示唆する通り、静かな夜に暖炉を眺めながら聴くような音楽なのですが、不思議なことに天気の良い昼間に聴いても、曇天の夕方に聞いても、それはそれで似合ってしまうという、とてもユニバーサルな音楽です。

こういうアルバムはキース・ジャレットの中では珍しいですよね。キースといえば、まあ定番はケルンということになるんでしょうが、ケルンをはじめとした即興系はすべて、思いっきり起伏の大きい音楽ですし、その傾向はトリオでのスタンダード系でも同じですよね。思いっきり感情を解放して演奏するのがキース・ジャレットのスタイルですが、このアルバムはそういう意味では真逆で、ものすごく抑制がきいています。

家で原稿を書いたり考えごとをしたりする時に、とても助かるCDです。

影響力の武器 ロバート・B・チャルディーニ


心理学の定番書籍はビジネスマンにとっても示唆深いものが多いですけれども、この本はその筆頭に挙げるべき本だと思います。ライプニッツ!でも心理学の本を複数紹介していますが、ビジネスパーソンから「読んで仕事に役立つ心理学の本を一冊だけあげろ」と言われれば、躊躇なくこの本をお勧めします。

人間がなぜ往々にして非合理的な意思決定、自分にとって不利な意思決定をしてしまうのか。欲しくも無い商品を買ってしまったり、まったく共感していない慈善団体に寄付してしまったり、自分とは異なる意見に賛意を表明してしまったりといったことは多くの人にとっても身に覚えのあることではないでしょうか?

本書は、そういった非合理的な意思決定、もっと直截に言えば自分にとって不利益になるような意思決定を採用するように仕向けるための人間心理のメカニズムを六つに整理して紹介している本です。これら六つの影響力が具体的に世の中のどのような産業・状況で用いられているかが解説されているのですが、「ああ、だからそうなってるんだ」という腹落ち感がすごい。

具体的に本書では次の六つの「影響力」を解説しています。
  1. 返報性   相手から先に何かをされると、お返ししたくなる
  2. 一貫性   一度引き受けると次の要求も受けやすくなる
  3. 社会的証明 周りがそれを受容していれば、応じやすくなる
  4. 好意    親しい人の要求は断りにくい
  5. 権威    正当な権威者の要求は断りにくい
  6. 希少性   その対象が少ないものであれば、応じやすくなる

僕は広告代理店からキャリアをスタートして、その後コンサルティングに来たわけですが、両者は「説得が仕事のコアである」という部分で共通しています。説得という行為は相手の意思決定に影響を与えるという行為ですから、こうやってリストを眺めてみると、やっぱり全部使っているよなあと思いますね。ただ個人的には説得よりも共感をつくるほうが大事だと思ってます。説得されても人のエネルギーレベルって高まらないんですよね。やっぱりコトが起きるには説得より共感が必要だと思います。とはいえ、すべての局面で共感に頼るわけにはいかないので、まあバランスが大事だというコトでしょうか。

まとめれば、本書には大きく「防御の面」と「攻撃の面」という二つの効用があると思います。

防御の面から言えば、こういった心理の影響力を販売や交渉に用いてくる営業マンや取引先を見極める力が付くということです。自分がなぜ今契約しなければいけないと思い始めているのか、合意しなければいけないと思い始めているのかについて、冷静な自己分析ができるようになることで、そういった非合理的な意思決定を避けることができます。

攻撃の面はその逆です。つまり、こういった影響力を知った上で、倫理や自分のポリシーに抵触しない範囲でこれをマーケティングや交渉に活用し、相手の意思決定を自分にとって有利に変化させるということです。先日出版した『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』のなかで、プロジェクトを取り巻くステークホルダーとのコミュニケーションの仕方について相当量の紙幅を割いて解説していますが、それらのノウハウのベースは本書に基づいています。

初出が古い(初版は1987年)こともあって、必ずしも最新の心理学研究が反映されているわけではありませんし、テープレコーダーが比喩に使われてたりと、時代を感じさせる部分も少なくないのですが、「心理学とビジネス」の交差点のど真ん中の本として未だに必読本といっていい本だと思います。